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ホーリーとカジプラの娘達


*このエッセイは、師がインドのアジメールにて、奉仕活動で井戸を掘っていた頃のものです。

私は仕上げたばかりの井戸から水をくみ出して、セメントの広場にまいている。暑い暑い三月の初めだ。もう数日すればホーリーの祭りだ。

やっと仕上げた。井戸はホーリーと共に来たかのように新鮮だ。くみ手を待っている。弟子が側に来てきて水くみを手伝う。「自分のうちの井戸のような気がする。 いいですね。」と自分のうちに新しくできたその井戸からくみあげる感嘆の声をもらす。井戸の栓をひねって出す水と違って、ツルベで井戸水をくむ。 自然の良さ。生きた人間の味わい・・・が、ひしひしと失われたものの中からとり返されてくる。よくもこんな異国で、しかも岩を掘って水が出るまで掘りつづけ、 井戸を完成させたものだ・・・と、我ながら感心する。井戸のふちに立つと、とても神々しい。その水をセメントの広場にまいているのだ。

その時― きれいな新調の真赤な布をふんわりとかぶった、マルワリ娘・・・年の頃、12才くらい、純情なあどけない顔付きの娘二人が不意に現れた。 天から降ってわいたように現れたのだ。一人の頭の上には大きい大きい竹製のカゴがのっている。 それがまた、とても「優雅」な調和を見せてくれる。そしてそのカゴを置くために頭にのせてある丸い布の輪には、色彩豊かな三角形の布切れがヒラヒラつるされてある。 何という芸術作品だろう―。都会人のとても真似できないような、素朴な心から出てくる鮮やかな作品だ。

(物売り娘だ!)と私たち皆は同時に思った。私は弟子に言った。「こんなにして、物を売ることを覚えるのだ。純心な人間が金を得るということにけがれていくのだ。」と、 純情な、あどけないその娘が、物売りとして我々のところまで来たのか・・・と。「村人」というものを・・・現金を必要とする「村人」の生活と心を考えた。

私たちのアシュラム(道場)は、砂漠の広野の中の一軒である。このアシュラムを中心に二キロ、三キロ、五キロの所に五百人ぐらいの部落が点々としてある。 この二人の娘は一番近いカジプラ部落の者らしい。これら部落民たちは大体遊牧民がそこに住みついたもので、牛や羊を追っての生活がその中心になっている。 男は五キロもある町(アジメール)に出稼ぎに出る。それらはすべて力仕事に雇われて、一日四ルピーから六ルピーもらって帰る。部落には小学校があり、 二十人か三十人ぐらいの生徒で女の子はいない・・・。これも教室などなくて大木の下で勉強が始まる。先生は一人で、生徒を集めるのにひと苦労する。父親は町で、四〜五ルピー稼いでくるが、 酒を飲んで帰るので家にはほとんど金らしいものがない。すべてが非常に貧しい。一年に一度、このホーリーの祭りの時に新調の着物を買う。 それで一年間、着た切りすずめ・・・といったところである。

真赤な新調の着物をつけたきれいな天使のような子供が二人、ふいに現れたのには驚いたが、物を売りに来たのだな・・・と、すぐに感じられた。ちょっとがっかりだ。 それにしても、いつもの彼女たちとは思えない程きれいだ。

二人の娘が何やらマルワリ語で我々に盛んに訴える。一人は頭からカゴをおろして中に入っているトウモロコシをふくらませた、白い白い雪なようなものを指さし、 それをアルミの器にすくって我々にさし出す。買ってくれと言っているに違いない。私たちは水をくむ手をやめた

私は、すぐそばでうつむいて髪をすいている弟子に「買ってやってくれ」(せっかく来たのだから、追い返すのも・・・)と言った。その弟子は何やら浮かぬ顔をして、 その白いトウモロコシをふくらませたものをチラッと横目で見た。

盛んに娘二人が何やら言っている。弟子がうるさげに「キトナ」と値段をたずねた。娘は言った「ナヒン」「ナヒン」。ナヒンとは「お金はいらない」ということである。 我々の心はどんなにショックを受けたことか―。

はじめは「こんなにして、こんなに可愛い娘が、村人が、商売を覚え、心がけがれて行くのか、あわれなことだ」と、見下げはしないが、悲しみ、あわれんでいたのであったが、 それが一度に「ナヒン」「ナヒン」の娘の訴えに、天地が、空気が、私の心が「元」の叫びに密着させられたような、喜ばしい思いにかわった。

弟子に言った「これなんだよ、与えるという事は、私の言っている(与え合う社会)というのは、ここにあったではないか。与えるという事を喜びとする人々、それを喜んで、そこで生きる人、 こうでなければならないのだよ。与えればまた、与えられた人がそのかわりに・・・これを・・・と言って、いつか与えるだろう。」

「それをあげると言っているのだから、もらっておきなさい・・・小さいお金をあげなさい。」弟子は、金類の丸い器に入った白い雪のような菓子を受け取って家の中に入った。

二人の娘はニコニコしている。その顔は太陽の輝きにも増したものだった。小銭が手渡された。彼女らの小さい手の中でそれは踊った。

金がはじめて生きて使われた思いがした。私が娘の着物に手を触れにいくと、一寸身を退かせたが、その鮮やかな娘の着物を触って「アッチャ、ハイ・・・ボホット、アッチャ」と讃めた。

彼女等は新調の着物をきて、数日後に迫っているホーリーの前ぶれをして、家から家に歩いていることが、やっと今頃になってわかった。

娘は、いかにも親しげに、ニコニコしながら「ホーリーには来て下さい」と言う。「行くよ、ホーリーに。あなたがたはカジプラ村の者か」と尋ねた。「はい、カジプラの者です」と答える。

彼女等は大きな竹カゴを頭にのせて去った。私は今泣きながらこの文章を書いている。カジプラの娘たちよ!私たちに与えてくれることの如何に多いことか。私はこの村にきて、夜空の星を眺めていて、 梵(絶対者・ブラフマン)と結合し「ピュアー」を発見することが出きたのだ。天の一隅が破れて「ピュアー」なる声が聞こえてきたのだった。私はここを去って、南インドにこれから旅しようとしている弟子に言った。

「こんな部落に本当のいいものがあるのだよ。インドの都会をいくら歩きまわっても、ただ観光的に歩くに過ぎない。どうか、こんないいものを探して、拾って来ておくれ。」