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南インド・ラビの学校
ラビの学校での子ども達 ラビの学校での子ども達
ラビとナーラーヤンの関係 ―ナーラーヤン内垣―

「ガンジー」という映画で分かるように、インドの南では英国に抗議して、「塩の行進」を行った。 すなわちインド人が自国で塩を作ることを禁止していたことに対する、抵抗の行進であった。 それをガンジーが南インドの有力者に呼びかけたのである。ラビの祖父は、ガンジーからの命を受けた人であり、 その行進はヴェーダラニアンから始まった。(ラビの祖父は南インドのガンジーといわれるような指導者だった)

その行進をした為、ラビの祖父は投獄され財産をすべて取りあげられてしまった。ところが終戦になり、 自由の身となった祖父が、その返された財産を教育につぎ込んだのである。

私が行った時は、その祖父は亡くなっていたが、ラビの父がその祖父の後を継いで、貧しい家庭の女子を集めて教育を与えていた。 現在その父が亡くなり、息子のラビが後を継ぎ、短大まで創るに至り、3000人の女子に教育を与えている。

父の健在中、中学生であったラビに私が「青い山」という名を与え、名付け親のような形になった。そして、 父とラビ一家のために何がしの援助をしていた。

そして今では里親会を創り、子供一人に対し10万円(それは子供が一生生きていける金額)を援助者達(里親)からつのり、 金銭的な援助をしている。その他にもラビの学校の経営の一翼をになう関係を保っている。

昨年もアメリカの私のいるレディングのアシュラムに来て10日間泊まっていった。成長したラビとは親子のような関係が続いている。

授業中の子ども達 ラビの学校での様子1 ラビの学校での様子2